成田緑夢の怪我の原因は超人的な練習が影響?足切断の可能性からの再起はSNSのおかげ?

引用元:http://yurumire.com

平昌冬季パラリンピックで3月16日、
今季新競技として加わった

スノーボード男子競技で
金メダルを獲得したのが
“成田緑夢(ぐりむ)”選手です。

成田緑夢選手はかつて
スノーボードの神童と呼ばれた
長男童夢、長女今井メロの三兄弟で

現在はスノーボードクロス競技で
世界ランキング1位です。

競技を見る限りどこに
障害があるか分からない程、

健常者と変わらない
パフォーマンスを見せる
成田緑夢選手は

一体どこに障害を抱えて、
いつから障害を抱えるように
なってしまったのでしょうか?

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成田緑夢 障害は並外れたトレーニングで起きた事故

成田緑夢選手は左足の
膝から下がマヒして
指先や足首が曲がらない状態です。

事故が起きたのは今から
四年前の出来事で

左足切断すべきと医師から
告げられる程の大けがでした。

引用元:https://www.jiji.com

大阪市内にある実家には
屋上にトランポリンが設置され

成田三兄弟は幼い頃から
このトランポリンを使って
練習していたそうです。

神童と呼ばれた三兄弟を育てた
このトランポリン

実は成田緑夢選手の
オリンピックの夢を
打ちくだいてしまったのです。

三歳から始めたトランポリンは
将来競技生活の役に立つだろうと
父親からの勧めで行っていました。

幼い頃からトランポリンで
培ったその感覚は
人並外れたもので

空中に浮き上がった状態で
寝たり、食べたり、本読んだりと
普通に行う事ができれば

足が付く地面なら100%の確立で
何でもできてるんじゃないか?

そんな感覚でトランポリンの練習に
励んでいたのです。

幼い頃から楽しんで飛んでいた
実家のトランポリンが

まさかオリンピックの夢を
打ち砕いてしまうとは
思いもしなかったでしょう。

引用元:http://livedoor.blogimg.jp

ケガをした当初は
片足2.5キロの重りを付けて、

世界で二人しか行えない技を
一日300回行っていました。

なんでも一週間半、
その練習を続けていて
悲劇はおきました。

着地を試みた際に
重りをつけた足は滑って、

その重りの遠心力のせいで
足が伸びてしまい、

自分の肩で膝を押してしまったことで、
膝が逆方向に折れさせてしまったようです。

けがの症状は膝の前十字靭帯
後十字靭帯ともに断裂

動脈も破裂し壊死の危険性も
ありました。

医者は左足の膝から下の切断を
申告しましたが、

その時、成田選手の父親は
死んでも膝から下は残してほしいと
懇願したそうです。

ケガをして初めの一週間は
壮絶な痛みとの戦いでした。

強烈な痛み止めを打っても、
その効き目はわずか
30分で切れてしまい、

もはやナースコールを押す為に
生きていたらしいです。

痛み止めが効いている30分だけは
幸せな気持ちで眠れたようです。

手術も一回だけではなく、
二回、三回、計四回と行い

両足を同時に動かそうとしても
片足だけ動かない状況に

メンタル的にも大変
参ってしまいました。

しかもオリンピックを夢見る
成田緑夢選手にとっては
その時とてつもない衝撃が
走ったと思います。

治る保証や、
競技に戻れる保障もない中で

成田緑夢選手は金メダル獲得に
至るまでにどのように
復活していったのでしょう。

成田緑夢 ケガのおかげで最大の武器を取得!

引用元:https://s3-ap-northeast-1.amazonaws.com

成田緑夢選手は幼い頃から
兄弟と同じように

父親の英才教育を受けて
育ちました。

その練習内容は夏場に
ウェイクボードをするなど
独特なものがありました。

空中姿勢などのバランス感覚は
スノーボード競技に
精通する部分があるそうで

雪がない夏場だからこそ
行える最適な練習だったそうです。

なんでも三歳の頃から
おむつをした状態で
海に放り投げられていました。

そのおかげもあってか
片足が使えない不自由な状態でも

見ている観客をビックリさせる
パフォーマンスを披露し

2016年の健常者も含めた
ウェイクボード全日本選手権で
優勝し、アジア選手権では
準優勝を果たしました。

いわば右足一本の感覚だけで
この快挙を成し遂げた事で
周囲を驚かせましたね。

そんな成田緑夢選手は
膝から下がマヒしている為、
足首はもちろん、

足の指すら動かせない状態で
障碍者等級は6でもちろん
障碍者手帳も持っています。

退院した時は歩ける可能性は
わずか20%の状態から
始まった歩行練習では

小さな石でさえも
脅威に感じてしまう程で、

常に左足を意識する事で
ストレスが溜まり

歩くのも嫌になり
引きこもりになったそうです。

ケガをした当初は全く
競技をする事が出来きなかった
成田緑夢選手でしたが、

過酷なリハビリ生活を重ね
成田緑夢選手しか分からない

右足だけを使った重心移動を
マスターし見事復活をしたのです。

成田緑夢 復活はSNSのおかげ?

左ひざの大けがから四年、
なんとかスノーボードが
できるようになった
成田緑夢選手は、

障碍者の大会に出場して
何度も優勝を重ねてきました。

https://rr.img.naver.jp

そんな成田緑夢選手でしたが
ケガをしてショックが
一番大きかったのは

歩けるようになって
雪の上に立った時で、

日常生活では歩く事や、
階段を昇れればさほど
支障は感じなかったそうですが、

雪の上に立った瞬間、
今までスポーツ競技で培った
技術や感覚、

20年間積み重ねてきたものが
全て無くなった喪失感しかなく
絶望してしまったそうです。

今までは父親の教えのもと
必死に練習に取り組んできましたが、
もう無理と思ってしまったそうです。

半年に及んだ入院生活の影響もあり、
退院後はあらゆるスポーツから
離れて過ごした成田緑夢選手。

スポーツもやりたくない。

ケガを機に真剣にスポーツから
離れる事も心に決めていたそうです。

しかしある日、
友人に誘われて遊びとして行った
ウェイクボード

今までは父親からの強制的な
練習の一環で行っていた
ウェイクボードが

ジャンプしたり、回転したり
シンプルに楽しかったそうです。

そして一年後にウェイクボードの
健常者の大会で優勝してしまいました。

その時の情報をSNSに載せたところ
周囲の反響がすごかったそうです。

そして自分よりもひどいけがを負って
スポーツを断念する事を
考えてた視聴者から

「緑夢君の動画を見て
もう一度チャレンジしたい」と、

知らないうちに周りに
勇気を与えていた事に
気が付いたのです。

小さな大会優勝している姿を
周りに見せる事で

こんなに勇気を与えられるなら
オリンピックのような大きな大会に出れば

もっとたくさんの人に
それを届ける事ができるんじゃないか。

そう思いパラリンピックに出場する
ことを決意をし、

今回見事オリンピック金メダルという
誰もが勇気をもらえる最高の形で
証明してくれましたね。

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成田緑夢 トレーニング方法は自己流?

引用元:https://www.sponichi.co.jp

幼い頃はスノーボードの
指導者の父親から
言われるがままでしたが、

現在はその練習方法
スケジュール管理
自分で行っています。

そのトレーニング方法は
多種目にわたり、

中でも、
障害者の陸上イベントで誘われ、
なんとなく始めた走高跳びでは

始めて一か月でなんと
1m70cmを跳んでしまい

この記録は走高跳びの種目で
パラリンピックを目指せるほどの
高記録でした。

そして本格的にこの種目でも
二年後の東京パラリンピック
目指して今でも練習に
励んでいます。

トレーニング行う際は
自分で考えたプラスチックの
プロテクターを装着して
練習を行います。

感覚が無い左足は
プラプラしてしまうので

それなら完全に固定して
行った方がいいと
自分で取り組んでいます。

しかし不自由な左足で
スノーボードを乗りこなす事は
簡単な事ではなく

何度も何度も練習を続け、
カーブを曲がる時に

動かない足を無理やり掴んで
カーブさせるという
成田選手にしかできない
究極の滑りを手に入れたそうです。

しかし全てを自分一人で
行う事はできないので、

スポンサーでもある
近畿医療専門学校で

身体のメンテナンスを
行ってもらっています。

ケガして失ったモノは多いですが
その分得たものは
7倍にもなるんだそうです。

幼い頃の父親の教育から離れ、
自分で全て行う事は簡単では
ありませんよね。

大ケガをしてそこまでの
モチベーションに達するまでは

相当自分を追い込まなくては
いけません。

成田選手はそれを実行する為に
目標に誓約書に書き

そしてそこにはできなかった時の
ペナルティも同時に
明記するそうです。

例えば、坊主になる!とか。笑

しかしそうする事で
常に有言実行を重ね
今回も目標を実現してくれました!

ちなみに今回のオリンピックの
ペナルティは何だったのでしょう?

帰国後の記者会見が
楽しみで仕方ありませんね。

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まとめ

今後は走高跳とスノーボードと、
夏と冬両方のパラリンピックを
目指せる選手として

今後もますます注目が集まる
成田緑夢選手。

ケガをする前と比べ、
7倍得たものがある中で

一番大きな財産となったのは
夢を持つことの大切さだそうです。

それは自分自身の夢でもあり、
周りに与えられる夢でもあります。

次は自国開催となる
東京パラリンピックでも
二種目のメダルを期待しています!

ここまでお読みいただきありがとうございます♪